甘いの辛いの (お侍 習作80)

        *お母様と一緒シリーズ
 


        おまけ



 もう陽も昇ったか、おもてを吹き渡る風の音も、どこか開放的に伸び伸びと響いており。それでも枕元と余り変わらぬ低さから、秋虫の涼やかな奏でが聞こえるのが心地いい。

  「………あれ?」

 板壁がどれほど隙間だらけかがよく判るほど、朝の陽の斜光が当たって東側の壁がきららかに光る時間帯はとうに過ぎているらしく。これは大変な寝坊をしたらしいなと、苦笑がこぼれたのも束の間のこと。自分をくるんでいるものが、いつもの薄い衾の温みじゃあないと遅ればせながら気がついたシチロージ。そろりと、だが、さして身構えることもなく。自分の懐ろを見下ろしてから…おややと仄かに驚いた。ふわふかな金色の綿毛と、ちょっぴり仰のいていることで上からも望める端正なお顔。こんな間近に寄っていても、その体温が直に触れていても、どうしてだろか生々しいまでの存在ではなくて。髪や肌の色合いの、淡彩そのままな儚げな印象が先に立つ、金髪痩躯のお仲間が。懐ろ猫になってくうくうと安らかに眠っているではないか。
“気がつきませなんだ。”
 ごくごく稀に。そう、夜間の哨戒の後の仮眠の間合いが、シチロージの仮眠の時間帯と咬み合う晩にだけふらりとやって来て。こんな風に寄り添って眠ってくれる彼であり。勝手にもぐり込んで来るお人へ、最初は随分と驚きの呆れもしたものだったのに、
「…。////////
 それが今では どういうものだろか。奇跡にも近い僥倖のようなものとして、朝一番から胸の奥がつきつきと突々かれての、甘酸っぱい嬉しさにジタバタしたくなるおっ母様であったりし。
“だって、本当に稀なこと。”
 誰にも懐かぬ高貴な生き物。触れたらそのまま、神々しい怒りに打たれでもして死んでしまうような。美しいが恐ろしい、魅惑的だが触れてはならぬ。すぐそこに居るのに手の届かない、そんな孤高で蠱惑な存在の彼が、なのにこの自分へは懐いてくれているのが無性に嬉しいものだから。ならばせめて、お世話を焼きましょう、不自由のないようにあたってあげましょうと、おっ母様スイッチがもりもり入ってしまう相手となってしまってから、もうどれほどとなろうことか。

  ………だって言うのに、

 仮眠の時だけは、その姿を見せての安んじてくれぬ、罪なお人でもあって。他は何でも許せるが、唯一、寝姿だけは滅多に見せてはくれぬ。そこまでの無防備は そうそう誰へでも晒せませんということか。最後の一歩だけは心開いてくれていないのが、こうなると却って寂しいくらいに感じられてもいたところ。
「…。」
 起こさぬようにと、そぉっとそぉっと。目許が透けているほどの淡さであるものを、それでもと、額髪を掬い上げるようにして脇へと退ければ。ゆるやかな曲線のままに伏せられた瞼の縁が直に望める。当たり前といやあ当たり前の話だが、あの真っ赤な瞳が隠れていると、尚のこと白い印象の増すお顔。それが時折、口許を震わせの、目許を震わせのする、生きていればこその微かな動きを見せるのが、日頃の冷然としたお顔からは想像が追いつかないほど幼くて、何とも かあいらしくて堪らない。早く起き出せばならぬのに、あとちょっと、もう少しだけと、未練がましくもじっとしておれば、

 「…お。」

 こちらの起きている気配がさすがに刺激となったのか、覗き込んでいた双刀使いさんの方もまた、その目許を瞬かせ、手の甲までを覆う衣紋の袖を持ち上げて来ての こしこしと、眠気を拭おうという仕草を見せ始めて。

 「…。」

 そこまで意識が覚醒してからやっと、自分の今ある状況に気づくとは。この彼にしては珍しいほど後回しだなと思いつつ。ふと手元が止まったキュウゾウが、そろりと仰向いての見上げて来るのを、待ってやり、

 「…シチ。」
 「おはようございます。」

 お互いに大寝坊しましたね、よく眠れましたか? やんわり微笑って差し上げれば、少しぼんやりしたままながらも、
「…。」
 目許を擦っていた手をこちらへ怖ず怖ずと伸ばして来、懐ろ胸元へと置くと、やわり、内着を掴みしめて来る。普通の和子なら、首っ玉に抱きついてぎゅうと来るところだろに。既に肩を抱いてもらっているその上、もっとは我儘だとでも思うのか。そういえば、肩口に頭を乗っけて来るときも、二の腕を捕まえるようにまではしないお人だ。遠慮か、それとも…逃げはしない振り払いはしないシチロージだからという、信頼あってのことかもと、勝手に思っていたけれど。
“あれってちょっぴり寂しいんですよね。”
 ああ、アタシってばやっぱり贅沢者になってるなぁと、そんなところを再確認してから。臆病な蝶々みたいに胸元へとまった白いお手々を、そおと捕まえたおっ母様。指の付け根が盛り上がってもない、手のひらに刀の柄のタコがあるでもない。自分から言わなきゃ侍だとは判らないような、きれいで柔らかな白い手を、愛でるようにとやんわり、握ったり撫でたり差し上げながら、

 「もしかして、アタシ、悪酔いしたんでしょうかね。」
 「…っ。」

 いえね、どうしても昨夜の記憶が途中から見つからないんですよ。夕ごはん食べたのからして、此処じゃなかったですものね。

 「何かご迷惑とか おかけしませんでしたか?」
 「…、…、…っ。」

 急に大慌てになって、ぶんぶんとかぶりを振っているキュウゾウなのが、板戸越しなのにくっきりと見えるようだと。こちらは隣りの囲炉裏端にて、蓬髪の総帥様がくつくつと、声を押し殺しての苦笑をこぼした、まだまだ平和な神無村の朝でございます。






  〜Fine〜  07.9.25.


 *急に思い切ったお話を書いちゃったわけですが。
  そんな本編をサイトへアップしながらふと思ったのが、
  あんなふしだらなお話だったから、
  書いちゃなんねぇお披露目しちゃなんねぇと、
  HP作成ソフトさんが意味不明な抵抗をしたのかも?(日記参照)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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